Oさんよりバトンを受けました、テクニカルサポート部のTです。
せっかくの機会に、今回は少し趣向を変えて「随筆」というものを書いてみることにしました。
いざ書き始めてみると、自分の記憶や考えを文章にするのは案外むずかしく、ああでもない、こうでもないと記憶をたどり、少しずつ形にしていきました。
今回これを書こうと思ったきっかけは、少し前にふと蘇ってきた祖母の記憶です。
その頃のことをたどっているうちに、祖母のことを少し書いてみたくなりました。
シャワーを浴びていると、ふと祖母のことが頭に浮かんだ。
祖母の手を思い出した。
節の太い、乾いた手だった。
その手が米を研いでいた。濁った水を捨て、また水を入れ、白い粒を底から静かに返していた。
何回洗えばよいのか、私は聞いたことがない。祖母も数えてはいなかったと思う。
水の色を見ていたのだろう。
祖母は小学校までしか行かなかった。どのくらい字が読めたのかは知らない。
本を読んでいる姿も、何かを書いている姿も覚えていない。
けれど、家の中で迷っている祖母を見た記憶もない。
朝になれば戸を開け、空を見た。米を炊き、火を扱い、洗濯物を干し、乾けば取り込んだ。
ほつれたものがあれば繕い、夕方になれば夕方の支度をした。
ひとつの仕事が終わると、次の仕事があった。
昨日とよく似た一日でも、毎日は少しずつ違っていた。
天気も、日の長さも、季節も変わっていく。
米の水加減や漬物の塩も、その日の具合で変わったのだろう。
鍋の中の様子を音で知り、遠くの雲を見て洗濯物を入れた。
子どもの顔を見れば、眠いのか、腹を空かせているのか、たぶん分かった。
誰から習ったのだろう。
母親の手元を見て覚えたのかもしれない。
近所の人に教わったこともあっただろう。
焦がした鍋や、雨に濡れた洗濯物や、泣きやまなかった子どもから覚えたこともあったのだと思う。
そうして身についたものは、言葉より先に手の中にあった。
その手つきは、祖母一人のものではないようにも思える。
ずっと昔から、誰かの手から誰かの手へ渡ってきたものなのかもしれない。
私は祖母によく懐いていた。
父と母は働いていて、家には祖父と祖母がいた。
祖父は怖かった。
明治に生まれ、戦争へ行き、サハリンで抑留され、戻ってから北海道の山を開いた。
そのことを祖父自身から聞いた記憶はない。
祖父は居間に座っていた。私は祖父のいるところでは、少し静かにしていた。
祖母に怒られた記憶がない。
どんな言葉をかけられたのかも、今ではほとんど覚えていない。
ただ、私はいつも祖母の近くにいた。
祖母が台所に立てば、その近くにいた。洗濯物を畳んでいれば、そのそばに座っていた。
邪魔になることもあったはずだが、どこかへ行けと言われた記憶はない。
ときどき、祖母の手から何かをもらった。
切った果物だったか、煮物の端だったか、もう覚えていない。
私はその場で食べ、祖母はまた仕事に戻った。
祖母は自分の仕事をしていて、私はその近くで過ごしていた。
それだけでよかった。
家にはテレビがあった。
保育園や小学校へ通う頃になると、私は家にいるあいだ、ずいぶん長い時間テレビを見ていた。
テレビから声や音楽が流れ、台所から包丁の音や、鍋の蓋が鳴る音が聞こえた。
その近くで、祖母は米を研いでいた。
画面の向こうの出来事も、白く濁った米の水も、同じ一日の中にあった。
その時間が終わったのは、東京へ出たときだったのだと思う。
東京には祖母がいなかった。
朝になっても、台所から包丁の音は聞こえなかった。誰かが米を研いでいる気配もなかった。
腹が減れば、自分で食べるものを考えた。着るものも、部屋の中のことも、自分で片づけた。
昨日まで誰かがしていたことが、ある日から自分の仕事になった。
それまでの私は、祖母が毎日何をしていたのか、よく見ていなかったのかもしれない。
食事ができ、洗濯物が乾き、家の中が一日ずつ整っていく。
それを、朝が来て夜になるのと同じように受け取っていた。
祖母のしていたことは、祖母のいない暮らしの中で、少しずつ見えるようになった。
北海道にいた頃の時間も、東京へ出て初めて過去になった。
それまでは、思い出す必要がなかった。
祖母のいる暮らしは、毎日そこにあった。
東京では、新しい暮らしを覚えることで精一杯だった。
北海道の家は、少しずつ遠くにある場所になった。
祖母の手も、そこで記憶になった。
知らないことがあれば、本を読み、人に聞き、やがては画面で調べるようになった。
知ることの多くが、いつの間にか自分の外からやってくるようになった。
一日を暮らすこと。
人を食べさせること。
季節が変わる前に、必要な支度をしておくこと。
そばにいる子どもを、そのままそばにいさせておくこと。
祖母は、毎日そうして暮らしていた。
その時間は、ふだんは記憶の底に沈んでいる。
何かの拍子に祖母の手を思い出すと、あの暮らしの続きが、今も自分の中に残っているのを感じる。
シャワーを止めると、急に静かになった。
祖母の手が米を研いでいる。
水は白く濁っている。
テレビの音が聞こえている。
私は祖母の近くにいる。
まだ東京を知らない。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
普段はあまりこういう文章を書くことがないので、少し照れくささもありますが、たまにはこんな回があってもいいかなと思っています。
次回は毎日のようにお世話になっている神奈川支店のYさんにバトンをお渡しします。よろしくお願いします。